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“元”生徒のベテラン講師が、
レザークラフトの楽しさを、いち早く。
吉比
本日は『全国皮革振興会』が主催する『皮革手工芸教室』の講師の方々にお話を伺っていきます。まずは自己紹介からいきましょう。私は当団体の理事であり、革専門の商社、吉比産業株式会社の代表を務める吉比と申します。本日はよろしくお願いします。
鈴森
講師の鈴森です。かれこれ23年ほど、この教室で講師をやっています。
吉比
かなり長く教えてらっしゃるんですね。他の方々はいかがですか?
下井
ここにいる先生方は、20年ほど講師をされている方ばかり。私は皆さんより少し後にからなので、今で15年くらいですね。
吉比
なるほど。本論に入る前に、当団体について私から簡単に説明をしておきます。全国皮革振興会は、昭和34年に「皮革の楽しさや美しさを、皆さまに広くお知らせしたい」という趣旨で設立された任意団体です。その後、『吉田カバン』で知られる吉田氏らが参画する形で皮革手工芸教室が開講したのは昭和41年。そこから今に至るまで約60年にわたって活動を続けて、現在までに延べ3400名の方にご参加いただいています。
吉比
さっそくですが、みなさんはどういった経緯で講師になられたんでしょう。
石川
ほとんどの先生が、もともと生徒としてこの教室に通っていて、卒業後にお声がけしてもらっていると思います。私も元生徒で、新聞広告を見てここの存在を知りました。ただし、知ってすぐに通い始めたわけではなく、その広告の切り抜きをずっと保管していて、仕事を辞めたタイミングでずっと気になっていた教室のことを思い出し、通うと決心します。
下井
私も同じで、はじめはこの教室に通う生徒でした。当時は子どもが大学を卒業したタイミングで、少しだけ自分の時間がとれるようになった頃。夕飯の支度までの時間を活用して教室に通っていました。それまではずっと家族のことだけの生活だったので、息抜き感覚で教室に通うのがとても楽しかった記憶があります。
松沢
私も同じで、新聞広告でここの存在を知りました。元々独学でレザークラフトをやっていましたが、もっとしっかりと技術を学びたいと思ったのが、入会のきっかけですね。
鈴森
私は皆さんとは違って、広告ではなく友人が持っていたバッグがきっかけ。ある日、その人がすごく素敵なバッグを持っていて、それをこの教室で自分でつくったと教えてくれます。それまでは洋裁をずっとやっていたので、「布」はやりきった感がありました。そこで次は長く使える「革」に挑戦してみようと思って入会を決意します。必須の基礎科が終わった後、研究科、専科と進んでいったので、かれこれ10年近く生徒として通っていたんですよ。
吉比
この教室では、どういったカリキュラムで授業が進んでいくんですか?
鈴森
さきほどお話した通り、まずは全員が『基礎科』に入り、ベースとなる技術を習得していきます。基礎科は週に1度の授業で、期間は半年。小銭入れやバッグなどをつくる中で、さまざまなスキル得て卒業となります。そこから希望する人は、いろいろな革製品をつくる『研究科』に進み、さらに高度な技術と幅広い素材で製作を極める『専科』というコースに進むこともできますよ。
吉比
主にどういった方が通われていますか?
石川
年齢や性別を問わず、幅広い方が通っておられます。基礎科は火曜日と土曜日の2枠で、火曜日は主婦の方が多く、土曜日は現役でお仕事をされている方も見られますね。
吉比
なんとなく「手先が器用じゃないと難しい」という印象がありますが、実際はどうなんでしょう。
松沢
もちろん器用な方がスムーズに作業ができるかもしれません。ただ講師がサポートするので、どんな方でも安心して受講できますよ。
下井
講師である私たちがいちばん意識しているのは、「レザークラフトの楽しさを知ってもらう」ということ。初日の授業で小銭入れをつくり、その日に持って帰れます。生徒さんが楽しく作業している姿や、できあがったものを見つめる顔を見ると私たちも嬉しく感じますね。
吉比
なるほど。工程の途中で1日が終わるのではなく、完成するというのは達成感があるでしょうね。
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人と人とのつながりを大切に。
革がつないだ貴重なご縁。
吉比
通っている方の中には、初心者もいますか?
鈴森
ほとんどが初心者ですよ。ここに通う生徒さんに共通しているのは「ものづくりが好き」ということ。その気持ちがあれば、あとは講師がすべて支えますので、初心者でも経験者でも大歓迎です。
吉比
なるほど。経験豊富なベテラン講師が多いという安心感が、この教室の強みだといえますね。
吉比
では生徒さんと接する中で、「大変だ」とか「難しい」などと感じることはありますか?
下井
私は他の先生方より指導歴が浅く、時に生徒さんの要望に応えられないことがあります。そういった時に、いつも先輩方に助けてもらっているので、もっと革や技術に関しての知識をつけたいと思いますね。
吉比
15年も講師をやられていて、それでも「まだまだ」と感じるということですか?
下井
はい。というのも、基礎科は全員が同じ課題に取り組みますが、専科になると自分で好きなもの選んでつくることがきます。その時に、私が持つ技術や知識では教えられないものを希望されることもあって。先輩方の引き出しの多さにはいつも驚かされますね。
鈴森
雑誌や新聞などの切り抜きを持ってきて「これと同じものをつくりたい」と言われることもあります。そういった依頼に応えるのも難しいですね。やはり似せることはできますが、技術的な面でも、使える素材や道具の観点からも限界があることを理解してもらわないといけません。
吉比
なるほど。たしかに一口に「革」と言っても、動物の種類や部位、鞣し方などで、まったく違う素材と言えるくらいに変わるもの。我々も革を販売する時に、同じような説明をすることがありますね。それに同じ動物の同じ部位だったとしても、なめし方次第で柔らかくなったり、色の出かたも違ったりします。そういったことが分かってくると、ものづくりがより楽しく感じられるかもしれません。
石川
そうですね。今後は革という素材そのものについて知ってもらう機会があってもいいかもしれないですね。
吉比
たとえば東京レザーフェアは、一般の方の入場が可能です。革の知識も得られるので、ぜひ遊びにきてください。
吉比
他に授業の中で意識していることはありますか?
松沢
私はまずは挨拶です。教室に入ってきた時と、帰る時に、かならず全員に挨拶するようにしています。
吉比
なるほど。そこは年齢などを問わず、大事な部分ですね。
松沢
あとは褒めることですね。何十年と講師をやっていると、その人がどこに力を注いだのかはすぐに分かるもの。生徒さんは決められた時間の中で、一生懸命に作業をしているので、その部分を褒めてあげることで「見てくれているんだ」という安心感を与えられると思います。一人ひとり、頑張ったところを褒めることを大事にしていますね。
石川
私も同感です。やはり頑張ったことを褒められると、誰だって嬉しく感じます。結局は人と人が同じ時間を共有しているわけですから、互いにコミュニケーションを取り合うことがとても重要ですね。
下井
ここに通われている方は、これまでにいろいろな習い事を経験された方ばかり。だから、立場上、私は講師ではありますが、ちょっとした会話の中で、生徒さんから学ぶことも多々あります。レザークラフトを通して、今まで知らなかったことを吸収できるのはすごく貴重な体験ですね。
吉比
先生と生徒の距離が近いのは、お互いにとっていいことだと思います。レザークラフトがつないだ、かけがえのないご縁ですね。
Theme03
担うのは業界と消費者をつなぐ大事な役割。
これからは、より時代にあった活動を。
吉比
講師をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか?
石川
先ほどもすこし触れましたが、やはり生徒さんとの何気ない会話はとてもいい時間だと思います。共通の話題といえば昭和のことですね。いろいろな懐かしい話をする中で、意気投合してついついおしゃべりに夢中になってしまうことも(笑)。この歳になると、新しくお友だちをつくる機会もあまりないので、こうやっていろんな人たちとコミュニケーションがとれる環境はとても有意義に感じます。
鈴森
私は頑張ってつくった作品を普段使いしてくれているのを見ると「教えてよかったな」と感じます。以前「こんなにボロボロになっちゃった」と自分でつくった古びたバッグを見せてくれた生徒さんがいて、その時は感動しましたね。
吉比
初心者の方がつくっても、日常で使える品質のものができあがるんですね。
鈴森
そうですね。日常的に使えるもの、持っていても違和感のないものを目指しています。
松沢
私は休まずに教室に来てくれること自体がとてもありがたいですね。コロナで休講していた時期もありましたから。
吉比
なるほど。やっぱりコロナの頃は休講されていたんですね。
松沢
はい。緊急事態宣言が出るたびにお休みをしていました。その期間を経て、また生徒さんが戻ってきてくれたことを非常に嬉しく感じています。
吉比
あと私が感じたのは、たとえば「1日体験」など、親子で一緒に楽しめるような機会があるといいかもしれませんね。
吉比
普段、業者相手に革の取引をしている我々は、なかなか一般の方に情報を届けることはできません。そういう意味では、みなさんこそが皮革業界と多くの人たちをつなげる役を担っていて、裾野を広げてくれています。本当にありがたい限りですね。これからもこの教室を通して、いろんな方に革の魅力や、レザークラフトの楽しさを知ってもらえるよう、活動を続けていただきたいです。本日はありがとうございました。