Theme01
時代に食らいつき、
多くの人の共感を。
吉比
今日は取材に参加してくれてありがとう! 最初に釘本さんが通っているコースについて教えてください。
釘本
僕はいま『ファッションデザイン科高度専門士コース』に在籍しています。1〜2年次にファッションやデザインの基礎を学び、3〜4年次にはそれらの知識や経験を活かして、将来目指す職種の専門的な技術を身につける4年制のコースです。
吉比
3年生からはどういった分野に進む人が多いのかな?
釘本
基本的にはデザイナーを目指す人が集まっています。その中で例えばニット素材やブライダル、ステージ衣装など、かなり細かく専攻が分かれているのが特徴かもしれません。僕のように広くファッションデザイナーとして、アパレルを中心に小物や靴、バッグなど幅広い製品のデザインを学ぶ人もたくさんいますよ。
吉比
なるほど。そもそも釘本さんが、デザイナーを志したのには何かきっかけがあったの?
釘本
東京モード学園に入学した理由は、ただただ服が好きだったからです。当時はデザイナーになることに、強い興味はありませんでした。明確にファッションデザイナーになると決意したのは、自分がつくった作品を友達に着てもらったときです。
吉比
平面でデザインをするだけなのと、実際に身につけてもらったのとでは違った思いがあったんだね。
釘本
はい。自分の服を着て、ものすごく喜んでくれる友達の姿をみたときに、今まで体験したことのない快感がありました。「この感覚をずっと味わいたい」という気持ちが芽生えて、その日を境にデザイナーになるために必要な技術や考え方を磨くようになります。
吉比
さらに事前に聞いた情報によると、釘本さんはすでにブランドも立ち上げていますよね?
釘本
そうですね。同級生3人が集まって『CUBSCRIB(=カブスクリブ)』というブランドを立ち上げました。
吉比
聞いたことのない言葉ですが、ブランド名に込めた思いや由来を教えてください。
釘本
英語で“肉食獣の子ども”という意味を持つ「cub」と“多くの人の賛同を集める”という意味を込めた「subscribe」を合わせた造語です。まだ未熟なチームではありますが、どんどん変わっていく時代に食らいついて、発表する作品が世の中の人たちに共感してもらえるブランドを目指しています。
吉比
じゃあ卒業後に企業に就職をするという選択肢はないのかな?
釘本
まったくありません。CUBSCRIBは、もともと就職を視野に入れていないメンバーだけが集まっています。僕たち3人は、1年生の頃から仲が良くて「就職をしない」という点でも共通していたので、トリオで活動するようになりました。
吉比
個人的には若い頃からブランドを立ち上げて活動をするのはすごく良いことだと思っています。いまではSNSをつかって宣伝もできるし、ECサイトで販売もできる。さらにお金の面もクラウドファンディングで集めることができるからね。とはいえ社会人としての経験もないままに挑戦してブランドとして成功するのは、決して低くないハードルだと思うけれど、不安みたいなものは感じない?
釘本
自分たちでも不思議なくらい不安はありません。今はメンバーと自分を信じてやれるだけのことをやりたいし、楽しみたいと思っています。大変なことや辛いことがあるのは覚悟の上です。
吉比
頼もしい! 今はメーカーやブランドに就職せず、自力でブランドを立ち上げる人が増えているとは聞きますが、実際に会うのは初めてなんですよ。きっといろいろな壁があるけれど、乗り越えていってほしいな。
釘本
ありがとうございます!
吉比
ブランドをスタートさせたばかりの釘本くんに聞いておきたいことがあります。世の中にはたくさんのアパレルブランドがあるでしょ? CUBSCRIBもその中に飛び込んだわけだけど「成功するために必要な要素」ってなんだと思う??
釘本
うーん……。なかなか難しいですね(笑)。いま聞かれて思い浮かんだのは、「着る人」のことを最優先で考えられるかどうかではないでしょうか。デザイナーである僕らはモノをつくることはできますが、それだけではファッションは成立しません。服でもバッグでも、小物でも、誰かがつかってはじめて意味があると思うし、だからこそつくる理由があります。
吉比
ますます頼もしいな(笑)。ではちょっと意地悪な質問になるけれど、ユーザーのニーズよりも「自分がつくりたい・表現したい」と思うことを優先させるというスタンスは一切持たないの? ファッションデザインの世界にはそういった成功例もたくさんあると思うけれど。
釘本
たしかに芸術性を追求したモノづくりが多くの人に認められることもありますし、素晴らしいことなのは間違いありません。そういう方法もあると思うけれど、僕らがつくりたいのは、やはり使う人ありきの服です。僕がファッションデザイナーになった原点もそこですからね。それに見た目のユニークさと、使いやすさは両立できると思っています。一見するとスタンダートなつくりでも、デザイン的な工夫を施すことで、CUBSCRIBらしい個性は出せるはずです。
吉比
実にしっかりとした意思をもってデザインされているのがよく分かりました。本当に応援しているよ!
Theme02
デザイナーの個性を実現するために、
いま体験すべきこと。
釘本
革のプロである吉比さんに聞いてみたいことがあるのですが、デザイナーとして知っておくべき知識は何だと思いますか?
吉比
材料を供給する立場からすると、素材の特性をしっかりと理解することです。それがあるだけで、デザイナーとして大きなアドバンテージになりますよ。
釘本
なるほど。
吉比
革はまず大きく、動物ごとに分けることができます。一般的に革といわれてイメージされるだけでも、牛や豚、羊、ヤギ、馬、鹿などがあるし、ヘビやワニといった爬虫類系の革もアパレルではよく使われていますよね。
釘本
たしかに改めて聞いてみると、かなりの種類がありますね。
吉比
実際に触って比べてみると、それぞれの違いがよく分かると思います。牛とヤギでは、サイズや厚みが違うし、厚みが違えば柔らかさも重量も変わってくるから。さらに同じ牛の革でも、部位によって性質が異なります。こういった特徴は生地にはない革ならではのものですね。
釘本
すごく勉強になります。つまりデザインする上で革の特性まで把握するかどうかで、仕上がりが大きく変わるということですね。
吉比
そういうことですね。実際にデザイン画の時点では非常に魅力的な作品でも、形にする工程で思うようにいかない場合もたくさん見てきました。あと見た目はかっこいいんだけど、いざ羽織ってみようとすると、まったく腕が通らないコートもあったな(笑)
釘本
革を扱うのって想像以上に難しそうですね……。
吉比
最初のうちは、すこし混乱するかもしれません。これから革屋さんや職人さんとたくさん出会うと思うから、いろいろと質問してみてください。革は非常に魅力的な素材であることは間違いないから、使いたいのに使えないというのが一番もったいないからね。
釘本
それは同感です。革にしか出せない風合いがあるし、使い込むことで経年変化を楽しむことができますよね。それにさまざまな特徴があるということは、うまく使うことで個性として活かすこともできるかもしれません。
吉比
そう思ってもらえて嬉しいよ。革という素材は、お肉を食べることによってうまれる副産物です。だから1枚として同じものは存在しなません。それを「均一性がない」ととるか「唯一無二の個性がある」ととるかは、つくり手次第だと思います。
釘本
たしかにそうですね。
吉比
それに最近はサステナビリティやエコロジーといった観点を取り入れることが求められるようになってきました。釘本さんはデザインをするときに、そういったことまで考えますか?
釘本
それ自体を目的にデザインすることはありませんが、常に意識はします。特に革は「動物の命を殺めている」といった否定的な声もあるじゃないですか。
吉比
そうだね。革のために動物が乱獲されるという間違った印象を持っている人は一定数いるのは事実かな。
釘本
革って、他の素材に比べてかなり長い歴史を持っていて、必要不可欠な材料として使われてきたはずです。さらに吉比さんがおっしゃるように、副産物であるということまで踏まえれば、むしろ時代にマッチした素材だと思っています。
吉比
非常にまっとうな意見ですね。我々のような革屋にとっては当たり前とされる革の歴史と正しい知識を、エンドユーザーやつくり手の方々に伝えなくてはいけないのかもしれません。
釘本
そうですね。僕らのコレクションの中には革を扱う作品も含まれているので、使う人にとってネガティブなモノにはなってほしくありません。めちゃくちゃ詳しくなる必要はないと思いますが、革製品を買ったり、使ったりする時に、心のどこかで動物たちに「ありがとう」という気持ちを持ってもらえれば嬉しいです。
吉比
なるほど。革として活用しなければ、動物の皮は処分されてしまうもの。それがユーザーにとって大切なモノになって、愛着を持って使われるなら、つくり手や皮革業界にとっても喜ばしいことですね。
Theme03
デザイナーだからこそ、
伝えられる革の魅力。
吉比
若手デザイナー、もしくは学生として、皮革業界への要望はあるかな?
釘本
個人的な印象ではありますが、僕らのような立場の人間が得られる情報が少ないように感じます。それもあって若い世代には、革は敷居が高いイメージがありますね……。
吉比
たしかに情報発信は業界全体の課題ではあるかもしれませんね。もちろん積極的に取り組んでいる企業や団体はあるけれど、まだ時代に追いついていない部分があるとは思います。ちなみにどういった情報がほしいのかな?
釘本
やはりネットやSNSなどで、たくさんの素材を見たいですね。
吉比
なるほどね。革選びを未だにショールームや展示会などのリアルの場で行うのには理由があります。それは画面越しでは、革の持つ魅力を伝えられないという点。触感や色味、ツヤ、柔らかさといった革にとって重要な要素ほど判断できませんからね。
釘本
たしかにそうですね。
吉比
うん。ネット上で見た革と実物を見比べてみると、色味だけでも随分と違いがあります。革屋としては、やっぱり自分たちがつくった革をちゃんと知ってほしいという思いが強いし、その方がデザイナーや職人にとっても良い結果につながることを経験しているからこそ、画面越しの情報はあえて少なくしている場合もあるんですよね。
釘本
いまのお話を聞いて納得しました。それならデザイナーやブランドといったすでに革でモノづくりをされている人たちが、新作を出すときに「今回は吉比産業さんの革を使いました」というアピールをした方がいいですよね。洋服や靴、バッグなどになっていれば、僕らも使うときのイメージがしやすいですし、製品の方が実際に見る機会も多いと思います。
吉比
まさにブランドと革屋がそういう関係性を構築するのがこれからの理想だし、我々が釘本さんたちのような若い世代に期待する部分です。ブランドとして、どこから材料を調達したのを公にするのは、ある種リスクではあるけれど、今の時代ならメリットも大きいと思っています。
釘本
デザイナーは素材を見つけやすくなるし、販売を担う会社もつくり手との新しい出会いがあるかもしれません。
吉比
そうだね。我々のような革屋の仕事って「革を売る」だけではなくて、デザイナーの思い描く理想に近づけるように「最適な革を提案する」という役割が根幹にあります。だから釘本さんの作品を見て「私も同じ革を使ってみたい!」と思う人が出てきたとしても、別の革を勧めるかもしれません。それに同じ革をつかっているけど、まったく別のアプローチで作品づくりをしたいという人が現れたら、それも面白いよね。つくり手だけで完結するのではなく、革のプロまでを含めたモノづくりの循環が活性化されると、よりクリエイティブな作品がうまれると思います。
釘本
そうですね。もしそういったデザイナーが増えたとして、革屋さんに行くときはどういった心構えが必要ですか?
吉比
そんなに構えずに、気軽に来てください(笑)。「いろんな革をみたいです」って。ただもしも自分がつくりたい作品のイメージがあるなら、それを明確に固めてくると、我々も提案の幅が広がるかな。
釘本
僕はまだ革屋さんに行った経験が少ないので、提案いただけるのは非常に頼りになります。
吉比
さっき「情報が少ない」って話が出ていたけれど、裏を返すと「少しは情報がある」っていうことなんだよね。そんな中で増えてきたのが「この革をください」という風なブランドを指定したオーダーです。本来は膨大な選択肢があるのに「もったいないな」って思うことはあるよ。
釘本
なるほど。それこそ革の特性を理解して選んでいるのかどうかが大事ですよね。
吉比
そういうことだね。ブランド革として知られるような革は、もちろん高品質ではあるかもしれないけど、だからといってそのデザイナーがつくりたいモノにマッチしているとは限らないから。そういった素材に対する理解度は、短期間で得られるものでもないけれど、釘本さんのように若くして独立したのなら、今のうちにいろいろな勉強をはじめることで、他のデザイナーと差別化はできるんじゃないかな。
釘本
そうですね。頑張ります!
吉比
それと今はまだ作品を自分たちの手でつくることも多いと思うけど、ブランドとして活動していくなら、製作はアウトソーシングしていくことになるはずです。そのときに、モノづくりの現場を知っていると、製品の品質を大幅に上げてくれます。例えば靴をつくる職人さんとバッグをつくる職人さんは「革を扱う」という点では同じだけれど、技術はまったく異なるからね。
釘本
職人さんの現場を見るのは、なかなかハードルが高そうですね……。正直に言うと、怖さがあるというか。
吉比
それはよく分かる(笑)。僕も若い頃は、職人さんに「なんでこの革なんだ」「このカタチをこの革でつくるのは無理だ」って怒られていたからね。でも製品をつくるならいつかは通る道。腕のいい職人さんほど自分にしか分からない技術や感覚を持っているものだから。
釘本
自分たちの理想をカタチにしてくれる方を見つけないといけませんからね。そこで妥協はしたくありません。
吉比
うん。その気持ちはきっと職人さんたちにも伝わるはずだよ。彼ら・彼女たちはモノづくりが好きで、こだわりとプライドを持っているから、そこと対等に渡り合えるだけの作品への思いや情熱はしっかり持っていてほしいな。最初は怒られるのは覚悟の上で、ディスカッションしてみてください。そうしてできあがった製品が誰かの手に渡ったときには、釘本くんも嬉しいと思うけど、職人さんも同じように喜んでくれるはずだよ。
釘本
材料を供給してくださる方だけではなくて、職人さんたちに教えてもらうことも多いですね。
吉比
そうだね。今のうちひとりでも多くの人に会って、ひとつでも多くの知識と経験を得てほしい。釘本さんの若さで、情熱を持っていれば、何を言っても許されるから!
釘本
とにかく体験することですね。今日はめちゃくちゃ勉強になりました! ありがとうございます!!
釘本 湧平さん
東京モード学園
ファッションデザイン科
高度専門士コース
2022年3月卒業