Theme01
デザインし、モノをつくり、
見えてきたそれぞれの表現。
吉比
今日は文化服装学院でバッグデザインを学んでいる内田さんと小出さん、そして帽子づくりを専攻している中島さんに集まってもらいました。コンテストで忙しいタイミングに、取材を引き受けてくれてありがとうございます。さっそくですが、文化服装学院に進学した理由やきっかけを教えてください。現代の若者たちが、どういった思いからこの業界を目指すのかを聞いてみたいです。
内田
私はもともとファッションに関連したモノづくり制作の基礎をすべて学べるファッショングッズ基礎科への入学を決意します。
中島
私も複数のジャンルを同時に学べるという理由でこの科に入りました。ただ「モノづくりがやりたい」という強い思いがあったわけではありません。高校生までは1歳年上の兄の背中を追うように成長してきたのですが、高校を卒業する前に「これからは自分の人生を生きたい」と思い立ちます。昔から手先が器用だったのと、文化服装学院の個性に溢れた文化祭に来ていたこともあり「せっかくなら私もこれくらい振り切ってみよう」と。そんな感覚でモノづくりをはじめました(笑)
小出
僕は現金輸送用のカバンなどを製造・販売する会社を経営している父親の影響です。幼い頃から親の働く姿を間近で見ていたので、いつしか自分も一緒に仕事をしたいと思うようになりました。将来跡を継ぐとなった時に、職人ではない父とは違った経験と視点を経営に活かすためにも、今はモノづくりを1から学ぶ目的でこの学校に通っています。
吉比
なるほど。さまざまなファッショングッズがある中で、いまはそれぞれに専攻している分野があるけれど、その道を選んだ理由はあるのかな?
小出
僕の場合、家業で鞄をつくっていることが最大の理由でした。でも授業を通して、自分でデザインして、素材を探して、カタチにするという経験をしてからは気持ちも変わりましたね。今は将来的な仕事のためだけではなく、純粋にバッグづくりを楽しんでいます。
内田
私は靴や帽子なども含めてひと通りの制作をする中で、バッグづくりの面白さに気づきました。すごく極端に言うとバッグは物を入れることさえできれば、大きさやカタチ、素材だって自由ですよね。要するにデザインをする上での制約がほとんどなく、自分が想像したものをそのまま実現できます。それがバッグデザインを専攻した理由です。
吉比
ふたりの話を聞いて、実際にモノをつくるって非常に重要だと感じます。「モノづくりが楽しい」とか「自分の想像したデザインをカタチにできる」というのは、おそらくデザイナーとしての原動力になるからね。中島さんは、この中では唯一の『帽子・ジュエリーデザイン科』だけれど、そこを選んだのはどうして?
中島
まずひとつは、帽子とジュエリーの両方がつくれるということがあります。それともうひとつが、帽子は型から直接、立体を形成してくことができるからです。それが素材と作品が直結している気がして、私は好きなんですよね。
吉比
それは面白い観点だね。たしかに洋服とは、まったく異なったアプローチでつくられるのがファッショングッズ。特に帽子は素材の特性を理解していないと思うようなカタチを維持できないという特有の難しさがありますよね。そういった制作過程の体験があったからこそ、得られた感覚かもしれません。ジュエリーというのは小物全般の制作を学ぶのかな?
中島
はい。そこでは金属加工の技術も習得する授業もあります。さらに別の授業ではレザーを材料にして、小物をつくるときもありますよ。たとえば3年生になってからだと、ラムレザーを使い手縫いで手袋をつくりました。正直、革は帽子ではあまり使われない素材なので楽しかったです。
吉比
かなり幅広い技術を身に着けるんですね。普段聞くことのない話ばかりなので、すごく興味深いです。
Theme02
革は動物からいただく“副産物”。
仕組みを理解して、適材適所の素材選びを。
吉比
私は革屋だから、みなさんが革に対してどういった印象を持っているのかは、とても気になるところです。バッグの素材として、よく使ってくれているんじゃないかな? その中でうまれた疑問があれば、ぜひ教えてください。
内田
私からいいでしょうか? もしかしたら失礼なことかもしれなくて……。
吉比
まったく気にしないでいいですよ。我々としても何かのヒントになるかもしれませんから。
内田
ありがとうございます。実は以前、インターンシップでお世話になった企業の職人さんから「日本の革は高い」「他の国にもっといい革がある」というお話を聞いたことがあります。いろいろな国で革がつくられていることは知っているのですが、それらと比較して、日本の革は、どういう評価を受けているのでしょうか。
吉比
なるほど。その職人の方が、どんな日本の革を指しているのかにもよりますが、世界中の革と比べて、日本産のものが高い部類に入るというのは間違いではありません。ただ価格が高いのには、高いなりの理由があるんだよ。ちなみに革がどのような流れでつくられるのかは知っているかな?
内田
はい。すべて食肉文化の副産物というのは勉強しました。お肉を食べる中で、必ずうまれる皮を、鞣すことで革にしてさまざまな用途で活用していると。
吉比
その通り。我々が販売しているものも、みなさんが材料として使うものも、すべて『革』の状態になったものだよね。その原料である『原皮』と呼ばれる『皮』がどこでうまれたかによって、価格は大きく変わります。もちろん日本にもお肉を食べる文化があるけど、欧米や東南アジアなどに比べると絶対的な消費数は少ない。国内の原皮だけでは供給が追いつかないから、海外から分けてもらわなければなりません。その結果、革になったときに輸入コストが上乗せされてしまいます。
内田
その分、高くなるということなんですね。では日本でつくられる革の品質はどうでしょうか。
吉比
他の国と比べて日本のタンナーの技術が劣るということは、ほとんどないでしょう。しかし国外から原皮を輸入する場合は、いい状態のものが自国のタンナーに供給されることが多いので、日本にはそうでないものが入ってきます。
小出
つまり革になったときの品質に差がでるということですか?
吉比
そうだね。原料の時点ですでに差があるのは確かかな。例えばイタリアの一級品と呼ばれる革は、たしかに傷もなくて、びっくりするくらいきれいだよ。でも日本でつくられる革も、欧米の品質に迫っていると僕は思っています。それに考え方を変えれば、他の国では少し下のランクとされる原皮であっても、高品質な革に引き上げられるタンナーがいるということだし、多少の傷があってもパターンでうまく裁断をして製品にしてきた職人さんと技術が日本にはあるということです。
内田
そういう仕組みを聞いたことで、安心しました。ありがとうございます!
吉比
業界に入るまでは、あまり見えてこない部分だからね。モヤモヤを解消できたならよかった。ひとつ覚えておいてほしいのは、産地とか価格ではなくて「自分の表現」にマッチした革を選ぶのが大事ということ。要するに適材適所だね。中島さんは、帽子をつくるときに、あまり革は使わないって言っていましたね?
中島
そうですね。まったく使ったことがないわけではありません。ただ革だけで帽子をつくるのはとても難しいので……。
吉比
僕にとって帽子は専門外ではあるけれど、難易度が格段に上がるというのは理解できます。これまでに、帽子にちょうどいい革ってつかったことあるかな?
中島
まだないですね。帽子って木型に合わせて成形していくのですが、硬い革では形が維持できず、柔らかい革では形はつくれても自立しません。とはいえ革って1枚1枚が持つ個性や特徴に合わせた使い方をすれば、すごく幅広いデザインができる素材だと思っています。だから可能なら革のみで帽子がつくれるのが理想なのですが、何かいい方法はありますか?
吉比
これは相当難しい質問だね(笑)。私も明確な答えが出せないのが正直なところ。でも中島さんが言うように、革って本当にさまざまな種類があって、それぞれの特性も違います。その中から「ほとんど縫うことなく立体をつくる」という帽子ならではの製造工程にマッチしたものを見つけるところからじゃないかな。牛革では重たくなりすぎるから、ヤギやヒツジから探してみるのがいいかもしれないね。
中島
なるほど。3年生になってからは、革に限らず、素材の質感や色から着想を得て、デザインすることも増えてきました。だからもっといろんな革を知ることができれば、その良さを活かした帽子がつくれるかもしれません。
吉比
そう思ってもらえると非常に嬉しいですね。レディースの革の帽子は市場でも珍しいですから、ぜひ挑戦していただきたい。中島さんのつくる帽子はどれも凝ったデザインをしているから、革をつかってくれたらどうなるのか、とても楽しみです。
Theme03
奇跡の出会いがあるのが「革」。
絶対になくならない素材も「革」。
吉比
帽子における革素材の難しさという話が出たけれど、バッグをつくっている内田さんと小出くんは、革という素材をどう捉えているのかな?
内田
生地や合皮などに比べて、扱うときの緊張感があります。まったく同じ革が存在しないということは、漉きすぎてしまった場合は、もう後戻りはできませんからね。
小出
僕は同じ色の革でも1枚1枚に微妙な違いあるという点が、魅力のひとつだと思っています。例えば同じデザインでも、選んだ革によってまったく別の作品になるよね。
内田
うん。そういう他の素材にはない個性や特性があるから、裁断する場所の選び方や貼り方、縫製で、さまざまなデザインが表現できます。それに私は革をミシンで縫っているときの、独特の“ザクザク感”が好きかな(笑)。失敗しちゃったなって思うときもありますけど……。
吉比
どんな業種にも言えることだけれど、失敗から学べることはたくさんあるからね。学生の間に試行錯誤した経験は自身の財産になっていると思うよ。ちなみに作品に使う革を選ぶときの基準はありますか?
小出
僕はとにかく、根気よく革を探しつづけることです。膨大な選択肢の中には、きっと自分の作品をより理想に近づけてくれる1枚があるという感覚を常に持っています。色のブレや傷はあるけど、それも個性じゃないですか。探しつづけることで「これだ」って思える革とのめぐり合わせがあるのが面白いところだし、毎回いい革を見つけて、満足のいく作品ができたときには、「この子に出会えてよかった」と、特別な感情が芽生えますね(笑)
吉比
そんな思いを持って革と接してくれているのはとても嬉しいな。毎回違った個性と向き合って、それを作品のデザインに落とし込んでくるというのは、革屋としてもワクワクさせられるからね。その気持ちは維持してほしいです。個人で探すのに限界を感じたら、いろいろな革屋さんを訪ねて提案してもらうと、より多くの出会いがあるよ。
小出
なるほど。ありがとうございます!!
吉比
では最後になるけど、これからファッション業界や皮革業界と関わることが増えるみなさんに、いま不安に思っていることや、業界への要望みたいなものを聞いてみたいと思います。
内田
最近はサステナブルやエコロジーという言葉がファッション業界でも飛び交っています。材料のロスを減らすために、端材を粉砕して再利用した革ができているというお話も聞きしました。こういった取り組み自体は大切だと思うのですが、一方で本革があまり良くないものとして誤解されて、どんどん需要が減ってしまうのではないかという不安があります。使われる素材が変わっていく中で、“革らしい革”の需要がなくなり、私たちのようなつくり手もいずれは使えなくなるのかなって……。
吉比
とてもいい意見ですね。まず結論からいうと、相当偏った世の中にならない限り、革はなくなりません。その理由は繰り返しになるけど、食用肉の副産物である皮は、お肉を食べるという文化が世界中から消滅しない限りうまれるから。もしも肉は食べるけど革はつくらないとなれば、皮を処分するのに、広大な土壌が必要になったり、排ガスの問題が出たり、新たな設備を求められたりするわけです。
内田
つまり革をつくらない方が、環境に負荷をかけてしまうかもしれないということですか?
吉比
そういうことだね。また革をつくる工程の中でもできることはあって、実際に皮革業界は長い歴史の中で環境への配慮をしつづけてきました。たとえば鞣しの工程でつかわれる薬品の改善や、排水処理を徹底することで地球への負荷を軽減するとかね。あとは牛が排出するメタンガスによる汚染を、餌を改良することで抑制するという取り組みもはじまっています。加えて近年では製造工程における環境への配慮や働く人々の安全性、原料から最終工程までのトレーサビリティを厳しくチェックする認証制度まで誕生しました。このように皮革業界や革を扱うファッション業界は、自ら厳しい基準を設けることで、時代に受け入れられるように進化しつづけているんだよ。
中島
当たり前のように革を材料として使えて、革製品が販売されているのは、革づくりが時代とともに変化してからなんですね。
吉比
うん。でもまだまだ一般の方までは情報を届けられていないのが現状です。これからモノづくりをつづけていく若手が不安に思うのもよくわかります。だからこそ革への正しい理解を広てバトンをつなぐことが私たち革屋の使命です。みなさんのような若い世代のクリエイターの方々が、従来求められてきたデザイン性や技術だけではなく、サステナブルやエコといった価値観を作品に反映してくれれば、業界にとっても、エンドユーザーにとっても、革は非常に魅力的な存在になると思います。
小出
そもそもエコな素材である革を使うなら、その背景もしっかりと理解しないといけませんね。
内田
そうだね。つくり手である私たちも、もっと意識しないと。
吉比
とはいえ、大げさに考えず、できることからはじめてみてください。たとえば1枚の革をロスなく裁断して使うとかね。その中から革にしか出せない一点物としての価値がうまれるかもしれない。今日お話をして、みなさんならそれができると思ったし、これから幅広い業種の人たちと連携することができれば、皮革やファッションの未来は明るいはずです。そのために、我々も頑張ります!
中島 萌さん
文化服装学院
ファッションデザイン工芸課程
帽子ジュエリー科