Theme01
培ってきた興味関心や
それぞれの“好き”が、今へとつながる。
中村
本日は文化服装学院の生徒の皆さんにお話を伺っていきたいと思います。まずは軽く自己紹介から。私は株式会社碓井の中村と申します。皮革販売に携わって約30年が経ちました。
藤井
シューズデザイン科の藤井です。僕は一般の大学を卒業した後に、文化服装学院に入学をしました。
中村
たくさんある学科の中から、なぜシューズデザイン科を選んだのですか?
藤井
昔から好きだった靴について、もっと知りたい思ったのが理由です。もともとバスケをやっていた影響でバスケットシューズが好きになり、その後スニーカーにハマっていきました。
中村
魅力を感じたのはバスケットシューズのどういった部分ですか?
藤井
ひと口に「バッシュ」と言っても、メーカーや種類によって、デザインはもちろん履きやすさや果たす機能までがぜんぜん違います。僕が惹かれたのは、その奥深さですね。
中村
なるほど。でははじめは革の靴には興味がなかったと。
藤井
はい。革靴の良さに気づいたのは、いまの学校に入ってからです。当時は、革靴は“大人の履きもの”だと思っていました。
中村
たしかにそういうイメージもあるかも知れませんね。では続いてシュさんお願いします。
シュ
台湾出身のシュ・セイシンです。私が通っているのも藤井くんと同じシューズデザイン科。私は台湾の大学を卒業した後、1年半ほど一般の企業で働いていました。
中村
それはどういった会社ですか?
シュ
はじめはインテリアや生活雑貨を取り扱うお店の販売員です。その後、看板をつくる会社に転職して、そこではデザインを担当しました。
中村
留学先に日本を選んだのは、どんな理由で?
シュ
もともと日本のアニメとドラマが好きで、それをきっかけに日本語を勉強しはじめます。さらに日本に旅行に来てから、ますますこの国のことが好きになりました。
中村
台湾などアジアの国から、日本のものづくりを学びに来る学生は多いんですか?
シュ
そうですね。私のまわりにも何人かいました。日本のものづくり文化は、私たちの国でもとても知られています。
中村
そう言われると、誇らしく感じますね。では最後に山上くんは、どういう経緯で文化服装学院に?
山上
僕は福岡県出身で、地元の高校を卒業した後、千葉県にある工業系の大学に入学しました。幼い頃からものづくりに携わりたいと思っていたこともあり、大学ではプロダクトデザインを学びます。
中村
大学での専攻は、カバンや靴などのアパレル関係ではないですよね?
山上
はい。まったく違います。大学では主に家具やカトラリーなどのデザインを学んでいました。革を使うことに目覚めたのは大学4年の頃。レザークラフトにハマったのがきっかけです。
中村
なるほど。レザークラフトではどういうものを?
山上
革小物ですね。そこからずっと好きだったバッグに挑戦し、さらにより機能性が高いものがつくりたいと感じて、文化服装学院のバッグデザイン科へ行くことに決めました。
中村
文化服装学院を卒業して活躍している人は、奇抜なデザインをするイメージがあります。しかし山上くんは、機能面の方に意識的だったということかな?
山上
はい。たしかに文化服装学院といえば作家性が強くて個性的なデザインというイメージがあるかもしれません。でも僕は入学当時から、いい意味で“文化っぽいもの”はつくりたくないと決めていて。
中村
ほう。それはどういった理由で?
山上
派手に見えたり、独自性が強いことだけがモノの価値だとは思っていません。それよりも機能性の方が大切だと考えます。
中村
使い勝手のよさを重視していると。
山上
そうですね。もちろんコンテストなどで高い評価を得るためには、多くの人の目を引くようなデザインが大事だと思います。機能性と独創性のバランスが、ものづくりにおいて難しいところであり、同時に面白いところですね。
中村
みなさんは自分自身の強みをどう考えていますか?
山上
僕の場合は、美術館に行ったり、本や映画などを見たりしながら、ジャンルを問わずいろいろなインプットをしていることだと思います。あとは大学で家具や車といったプロダクトのデザインを学んだことも、自分の強みになっているのかもしれません。
中村
大学での学びが今のカバンづくりにどのような影響を与えていると思いますか?
山上
自分では気づいていなかったんですが、先生から「“プロダクト寄り”のモノをつくるね」と言われたことがあります。つまりは使い手のことを考えることができていると解釈しました。
中村
なるほど。シュさんはどうですか?
シュ
私は細かい作業が他の人と比べて得意かもしれません。
中村
それは具体的にはどういった工程で発揮されているのでしょう。
シュ
例えばミシンでの裁縫や、ハンマーで打ち込む作業ですね。学校に通うまでは、ミシンに触ったことすらなかったんですけど、褒めてもらうこともあります。
中村
では藤井くんはどうでしょう。
藤井
コンセプトづくりや言葉選びは他の人より長けているかもしれません。というのも、実は僕は1年の頃からシュさんを勝手にライバル視していて(笑)
シュ
え、そうだったの?
藤井
うん。今はじめて言ったけど(笑)。シュさんのデザインや縫製、染色などは、おそらく彼女本人が思っているよりもすごくクオリティが高くて。僕は自分の作品を比べて、落ち込むこともありました。
中村
シュさんのセンスや技術を羨ましく感じたんですね。
藤井
はい。ただそう感じながらも制作を続けてきたことで、現在はコンセプト設計やそれを表現する部分が一番得意なのだと気づくことができました。作品に対するコンセプトを明確に表現できたり、他の人の作品の意図を汲むことも得意だと感じています。
中村
3人ともそれぞれに違う強みがあり、またそれを自覚しているのが素晴らしいですね。
Theme02
革の世界。それ以外の世界。
迷いの中で、未来へと向かって。
中村
学校に入学してから、靴やバッグをつくってみて、どんな印象を受けましたか?
シュ
正直に言うと、疲れますね(笑)。ハンマーで叩きながらカタチにしていく工程があって、思っていた以上に力仕事だと感じました。
中村
そうですよね。そういう理由もあって、男性より女性の職人さんは少ないのかもしれません。
シュ
あと工程もかなり多いので、気力が必要です。入学前に想像していたのかなり違いました。
中村
自分でつくってみないと分からないことが、たくさんあると思います。
シュ
はい。ただ靴の構造が分かっているからこそできるデザインがあることも知れました。見た目だけを意識するのではなく、製造の工程までを考えて、どのようにデザインすれば思い通りの仕上がりになるかを試行錯誤するのが楽しいですね。
中村
実際につくる人のことまでを考えてデザインができれば、どこにいっても重宝されると思いますよ。
藤井
僕も自分でつくったからこそ気づけたことがふたつあります。まずひとつ目は他のアイテムに比べて、靴は制限が多いということ。
中村
制限? 具体的にはどういうこと?
藤井
ファッションアイテムの中で、もっとも体重による負荷がかかるのが靴です。それが故に、いかに履きやすく、疲れないものであるかが重要だと思います。当たり前ですが、歩けなければ意味がありません。そういう意味では、デザイン性、つまり見た目の良さの優先順位的に低くなります。
中村
たしかに靴を買う多くの人が、サイズ感や履き心地を重要視していますね。
藤井
そうなんです。それぞれの足に合うかどうかは、たった1ミリに左右されます。必要な機能性を確保しながら、思い描いたデザインに落とし込むのは、かなり難しいですね。
藤井
ふたつ目は職人さんの偉大さです。一見シンプルな革靴でも、よく見ると丁寧な縫製や繊細なデザインが施されていることを知りました。ほんの数ミリの誤差も許されない中で表現している日本のものづくりの技術の高さに驚きました。
中村
制限があるからこそ、その中でどれだけの”遊び”を表現できるかが、職人の腕の見せどころかもしれません。
藤井
はい。そこが楽しいポイントだと思います。僕はまだまだ、その領域には達していませんが……。
中村
山上くんは大学でもプロダクトデザインをやっていたとのことですが、当時と比べてカバンづくりはどうですか?
山上
今の方が3倍忙しくて、でも3倍楽しいですね。もちろん悩んだりつまずいたりもしますが、それでも辞めたいと思ったことはありません。我ながらバッグをデザインするということが本当に好きなんだと実感しています。
中村
特に楽しさを感じるのは、どんな時ですか?
山上
自分で描いたデザインを、自分の手でカタチにした時ですね。あの達成感は、他では味わえない気がしています。
中村
藤井くんと同じく、山上くんも機能性を大事にしていると言っていましたが、具体的にはどんな工夫をしていますか?
山上
たとえばポケットの位置や大きさは、レディースとメンズで大きく違います。そういう細かいところまで計算されつくしたデザインを心がけていますね。
中村
3人とも来春には卒業を控えていると聞きました。それぞれ、どんな進路を考えていますか?
山上
僕はすでにカバンメーカーから内定をもらっているので、そこでデザイナーとして働きます。
中村
ということは、念願の夢が叶ったということですね!
山上
はい。働きはじめても、自分らしさを忘れず、機能性を重視したバッグづくりをしていきたいと思っています。
シュ
私は靴だけにこだわらず、アパレル全体を視野に就活をしているところです。すでに内定はもらっている企業もありますが、まだ迷っています。
藤井
僕はふたりに比べるとあまり就活が進んでいません。その理由は業界を絞りきれていないから。靴をはじめとしたアパレル関係はもちろんながら、今は香水にも興味があって。
中村
ほう。香水に! それはなぜですか?
藤井
人間の嗅覚は他の感覚と比べて、より本能的なもの。匂いは人を勇気づけることも、落ち着かせることも、さらに懐かしさを覚えさせることもできます。その辺に魅力を感じました。
中村
なるほど。ではまだ具体的にどんな職業を目指すかを決められていない状態なんですね。
藤井
はい。ただ職種はなんであれ、誰かにいい影響をもたらす人になりたいと思っていて。そのためにも、まずが本当にやりたいことを明確にして、自分らしい道へと進む必要があります。焦らずじっくりと決めていきたいですね。
中村
なるほど。3人とも自分の未来のことをここまで考えられているなんて、すごいですね。みなさんの話を聞いて、将来のために行動を起こしたり、言葉にして発信したりすることが大事なんだと大人である私が気付かされました。
Theme03
理解し、伝え、広めていく。
革がつないだ縁を大切に。
中村
普段は学校で用意された革で、ものづくりをしているんですか?
山上
はい。でもその中に使いたいと思う革がない時は、自分たちで購入しています。
藤井
そういった場合に、浅草周辺を散策しますが、僕ら学生が買える革は限られていて……。
山上
そうなんです。あと、いい革と出会っても、金額が見合わなかったり、半裁からしか買えなかったりするので、なかなか手が出せませんね。
中村
う〜ん、ひと昔前と比べると、小売り販売をする会社は増えてはいるんですけど……。だからといって皆さんが気軽に買えるかと言われると、たしかにそうではないですよね。
中村
やはり革は買う前に、実際に自分の目で見たり手で触ったりしたいという気持ちがありますか?
藤井
そうですね。自分の作品を作るための材料はネットだけでは選びにくいです。
シュ
でも正直に言って、学生がお店に行っても相手にしてもらえないような気がして……。
中村
そんなことはないですよ。ここ数年は趣味でレザークラフトを楽しむ一般の方も増えているので、私たちの会社でも、学生さんや個人の方からの相談は受けています。
シュ
最低のロット数もありませんか?
中村
もちろん革の種類にもよりますが、小ロットでも可能ですよ。ぜひ気軽に立ち寄ってください。
中村
では最後に、革という素材について、皆さんがどんな印象を持っているか聞かせてください。
シュ
革を使う時は、生地と違って、より集中して作業しないといけないと思っています。生地の場合、少しのミスなら縫い直しができますが、革は裁断からやり直し。また作業中に素材に傷がついてしまうと、その対応や処理にも時間を要するので神経を使いますね。
中村
革は天然の素材ですからね。たしかに慣れが必要かもしれません。
山上
でも僕は逆に、生地より革の方が扱いやすいと感じることもあります。なぜなら伸縮性があるので、立体的に物をつくる時には使いやすいという特徴があるからです。あとは以前、東京レザーフェアに行った時に、革の奥深さや環境に優しい素材だということを知りました。そこからいっそう革に愛着が湧くようになりましたね。
中村
なるほど! 東京レザーフェアが山上くんのような若い方にいい影響を与えているというのは嬉しい限りです。
藤井
僕は革はつくった人の味が如実に出る素材だと思っています。そしてそれはきっと使う側にも伝わるので、より多くの人から共感を得られやすいという印象ですね。
中村
その通り。革をつくるには、さまざまな技術や知識、経験が必要です。同じ原皮を用いて、同じようにつくっても、ぜんぜん違う仕上がりになることもしばしば。それだけに、職人さんの味が出やすいのかもしれませんね。
中村
皆さんの周りにいる人たちは、革についてどんな風に考えているのでしょう。
藤井
あまり革のことを知らない人は、環境的によくない素材だと思っている人もいるようです。
中村
やはりそうですよね。そこは業界としても課題となっている部分です。革は本来とてもエコロジーで、環境に負荷を与えるような素材ではないことをもっと知ってもらいたいですね。
山上
僕も友だちに革の印象について聞くことがあります。特にクロム鞣しのものは、あまりいい印象ではないようですね。
中村
クロムに関しても、誤解されていることが多いようです。たしかに化学変化によって有害な状態になることもありますが、もともとは人間にとって必要な元素です。そしてクロム鞣しという技術がうまれたことで、革の可能性が広がったことは間違いありません。革がつくられるようになった背景や、つくり手の思いなどを伝える方法を探し続けたいと思います。
山上
きっと消費者の人たちは革が持つバッグストーリーよりも、「どんなデザインなのか」「どこのブランドなのか」といったところに興味を持っていると思います。
中村
そうですね。例えばブランドのバッグを持っている人は、そのブランドの商品だから買ったのであって、使われている革のことは気にしていないかもしれない。だけどそこに意識が向けることができれば、商品にもよりいっそうの愛着が湧くはずです。
シュ
そう思います。まずは私たちがしっかりと革のことを理解し、それを広めていきたいですね。
藤井
革業界で働く方と話をすると、みなさん、本当に革が好きなんだと感じます。僕らの知らない革の話も、もっと聞きたくなりました。
山上
学校では革の深い歴史まで習いません。今後は僕も革業界の一員として働くので、もっと知識をつけようと思いました。
中村
ありがとうございます。私もみなさんと話せたことで、今後の課題を見つけることができました。革がつなげてくれた出会いに感謝ですね。これも何かの縁ですので、革のことで困ったことがあればぜひ気軽に相談してください。ここから長いお付き合いができることを願っています。
山上大成さん
文化服装学院
ファッション工芸専門課程
バッグデザイン科