Theme01
若きつくり手たちがそれぞれに描く未来像と、
ファッションへの関わり方。
高津
ではまずそれぞれに簡単な自己紹介からしていきましょうか。私は『株式会社久保柳商店』の高津と言います。私たちの会社は主に革の販売をやっていて、私は入社して20年弱。その前はぜんぜん違う業界で働いていたんですが、もともとファッションが好きで、お仕事でも携わりたいと思うようになりました。でもそういう専門の学校に行っていたわけでもないので、「デザインはおこがましい」と感じ、生地屋さんやボタン屋さんなどの面接を受け、結果的に今の会社にたどり着いた感じですね。
金蘭
私は金蘭(ジン・ラン)と言います。出身は中国で、日本に来て4年目。その前には、韓国に7年ほどいました。
高津
日本語、とても上手ですね。ジンさんはもともと日本という国に興味を持っていたんですか?
金蘭
はい。日本のアニメが大好きで。『スラムダンク』から入って、最近だと『ワンピース』なんかにハマっています。
高津
王道ですね! ファッションを学ぶのであれば、中国や韓国でも学べると思います。そんな中で日本を選んだのには何か理由があるんですか?
金蘭
日本という国は、中国や韓国と歴史的につながりがあります。たとえば日本で使われる『漢字』も中国から来たものですよね。ただ中国や韓国では、日常生活の中で伝統的な衣装を着ることはほとんどなくなりました。たとえば観光地などで外国人が体験として韓国の民族衣装を着ることはあっても、住んでいる人たちはほとんど着ません。
高津
なるほど。外国人観光客が『ハンボ』を着て、写真を撮ったり……。
金蘭
そうです、そうです。そんな中で、日本は現代的なファッションと伝統的なファッションが共存している印象があって、なぜそれが可能なのかがずっと引っかかっていました。その文化はヨーロッパでも見られるので、将来的にはヨーロッパでも学んでみたいと思っています。ただアジア人としてまずはアジアの文化を勉強しないといけないと思って、日本に来ました。
高津
ジンさんがファッションに興味を持ったのは小さな頃からですか?
金蘭
はい。私が小さな頃って、中国はまだ貧困の時代で、服を買うのも年に1回くらいでした。だからその1回がすごく嬉しかったんです。そのことが大人になっても心に残っていて「自分でもデザインをしたい」と思うようになりました。
高津
う〜ん、ジンさんはすごくしっかりしているね(笑)
野村
本当にそうなんですよね……。私、ジンさんみたいに語れることがない(笑)
金蘭
まあ莉央ちゃんは、私よりまだぜんぜん若いからね(笑)
高津
では野村さんも、簡単に自己紹介をお願いできますか?
野村
はい。私は野村莉央と言います。東京出身で、高校を卒業したあと、東京モードに入学しました。親がファッション関係の仕事をしていたこともあって、ずっとすぐ身近なところにファッションがある環境で育ってきて、小さな頃からファッションが好きだったんです。そして導かれるままにファッションを学びたいなと思ったのが、この学校を選んだ理由ですね。
高津
ふたりとも同じクラスなんですよね? どういったことを勉強していますか?
金蘭
主に学んでいるのは、パターンです。莉央ちゃんはとってもセンスがいいんですよ。
野村
え、嬉しい!(笑)
高津
逆にジンさんはどういう印象ですか?
野村
「THE・パタンナー」っていう感じですね。ドレーピングとかトワル組みが、ぜんぶすごくキレイで。絵もめちゃめちゃうまいし、もう職人ですよ。
金蘭
そう? ありがとう!
高津
ジンさんは立体構造とかが好きなんですか?
金蘭
そうですね。いったん作業に入ると、他のことは何も考えず、すごく集中してしまいます。最初はデザインをメインで学ぼうかなと思ったんですが、パターンを勉強したら、こっちの方が自分に合っているなと思って。
高津
おふたりとも4年生なので、来年の3月には卒業するわけですよね? その後、どういった将来像を描いているんですか?
野村
私は就職活動をしていた時期もあったんですが、ファッション業界で内定をいただくのがなかなか難しくて。もちろん自分で服をつくりたいという思いはありますが、卒業後はスタイリストのアシスタントとしてお仕事をすることになりました。
高津
やっぱりファッション業界の就職は厳しいですか?
野村
はい。いいところまでは行くんですけど、厳しかったですね。あと選考期間が長いので、複数の企業がダブってしまわないように注意しないといけないし、一度にあまりたくさんの企業に応募できないという事情もありました。
高津
昨今はいわゆるファストファッションの隆盛もあって、ドメスティックブランドが全体的にあまり元気がありません。そういうことも就職活動に影響しているのかもしれないですね。前は私の会社にもアパレルのお得意さんがたくさんいて、頻繁にデザイナーさんが革を見に来ていたんですが、そういうのもかなり少なくなりました。先ほど野村さんがつくった服も見させてもらいましたが、わりと作家性や個性の強いとがったデザインですよね。そういうのをやれるのが先ほど言ったようなドメスティックブランドに多いので、そういう意味でも就職活動が難しいのかもしれません。
高津
野村さんもうすでにスタイリストとしてのお手伝いをしていると聞きました。主にどういった仕事の内容なんですか?
野村
ミュージシャンなどのアーティストの方とお仕事させていただくことが多いですね。最近だと、とある有名なバンドのギタリストの方のツアーやライブ、テレビ撮影時の衣装レパートリーを決めるお手伝いなんかをさせてもらいました。
高津
なるほど。仕事を通してたくさんの服が見られるだろうし、将来的に自分の服をつくる上でも、その経験は活きてくるんじゃないですか?
野村
そうですね。あと現場にいくと、たくさんの関係者の方と直接会えるので、つながりができるのもメリットだと思っています。
高津
ジンさんは卒業後はどういう人生設計をしているんですか?
金蘭
最終的には自分のブランドを持つことが目標です。そのために、まずは友人が設立する会社の一員としてファッションに関わっていくことにしました。
高津
友人っていうのは、この学校の友人?
金蘭
そうです。その友人はすでに中国でブランドを立ち上げて、ある程度の利益も出しているんですよ。その人が立ち上げる会社で、パタンナーとして働くことになっています。
高津
すごい。じゃあ卒業したら、すぐにプロのパタンナーとして活躍するってことですね。
金蘭
その予定です。
高津
ということは、卒業後も日本をベースに活動していくということですか?
金蘭
そうですね。まずは日本からスタートして、そこからは世界的に広げていきたいです。
Theme02
“副産物”である革だからこそ出せる
価値観を追い求めて。
高津
おふたりは革に対して、どういうイメージを持っていますか?
野村
「扱うのがすごく難しい」っていう印象があります。分厚いから学校にあるミシンじゃ縫えないだろうし。
金蘭
私も同じですね。あとやっぱり「値段が高い」っていう……。
高津
やはりそうですよね。
金蘭
革の値段って、どうやって決まるものなんですか?
高津
それは大事なところですよね。まず前提として必ず知っておいてほしいのは、動物というのは人間に革をとられるために存在しているわけではないってこと。私たちは、食べるために動物のお肉をいただいています。肉を食べると、皮が出ますよね。それを捨ててしまうのはもったいないので、それを再利用するかたちで生まれるのが、我々が扱っている革。つまり革というのは“副産物”なんですよ。
野村
あ、なるほど!
高津
その上で「高い」と感じるのにも理由があって、革というのは、すぐにできるものではないんです。まず人間が肉を食べたあとに残った『原皮』を輸入して、それをトラックで運んだり、鞣すために大量の水を使ったり。時間も人件費もかかっているんですよね。
金蘭
製造工程が複雑なんですね。
高津
そうなんです。それと時代の流れ的に、家具や車のシートなどに革が多く使われるようになって、ファッションにあまり回ってこなくなったっていうのも値段が高くなる原因としてありますね。昔は大人はほとんど革靴を履いていたけど、最近はスニーカーを履く人も増えたでしょ? そうなると数が出なくなって、価格も上がってしまう。なかなか厳しい状況ですね。
高津
ちなみにおふたりは「鞣す(=なめす)」という工程を知っていますか?
金蘭
私は分からないですね。
野村
革の周りに何かを塗る、みたいなやつですか?
高津
それではないですね。簡単に説明すると「カワ」ってふたつの漢字があるでしょ? まずは“スキン”を表す「皮」。そして革命の字を使う「革」。つまり動物についている「皮」を「鞣す」ことによって「革」にするんです。そもそも生の皮を、そのまま人間が着るわけにはいかないですよね。
野村
腐ってしまうからですか?
高津
その通り。先ほど言った通り、皮は副産物で、ずっと昔はお肉を食べた後に捨てていたものなんです。でも私たちの先祖が何千年も前に、木の樹液が出るところに皮を置いておくと腐らないことを発見します。「じゃあモノを運ぶ時の袋として使えるよね」「道具としても使えるよね」「服にもなるよね」……って、いろいろと活用するようになっていきました。その鞣し方にもいろいろあって、もともとは植物由来の『タンニン』が主流だったんだけど、それだとすごく時間がかかるし、枚数もそんなにできないので『クロム』という金属を使う方法も発明されたんです。
金蘭
そのふたつの鞣し方は、どういう違いがあるんですか?
高津
細かく説明するといろいろありますが、タンニン鞣しは硬い革ができますね。ヴィトンのカバンの取っ手の部分に使われているような革です。一方でクロム鞣しだと柔らかい革ができるので、いま野村さんが来ているような革ジャンなどに使われます。
野村
革にはすごくいろいろな種類があるってことですね。
高津
そうなんです。硬い、柔らかい、あとは厚い、薄い、さらに動物も牛や豚だけではなくて、ワニや羊、サメなんかもあります。色だって同じ革で20色ちかくあるものもある。だから生地と同じで、それぞれに特性があるし、いろいろな種類を見ることで「こんなデザインもできるかな?」みたいな発想が生まれると思いますよ。
高津
たとえばジンさんは、これから自身のブランドをつくっていこうとする中で、財布やカバンなどいった小物を扱おうという考えはないですか?
金蘭
はい。あります。
高津
そうですよね。であれば、革を取り入れたデザインもぜひ考えてもらいたいですね。もちろん生地だけではダメっていうわけではないですけど、革だからこそ出せる価値観や、高級感が必ずあると思います。デザインをする上で、かならずアクセントになると思いますよ。特にヨーロッパでは革から始まっているブランドも多いので、そういったマーケットにも自身の商品を広めていくためには、ぜひデザインに取り入れてほしいと思います。
金蘭
そうですよね。私は自分で手縫いをするも好きなので、カバンをDIYする動画をよくみるんです。いつかは自分でも試したいなと思っていて。
高津
そうなんだ! 実は僕も最近、レザークラフトを始めたんです。20年も革の仕事をやっていて、それでもまだ新しい発見があって、驚いていますよ。
金蘭
どんなものをつくっているんですか?
高津
コインケースと財布、あとはペンケースですね。やるたびに「ここをこうすれば、仕上がりはこう変わるんだ」みたいな勉強もできるし、すごく楽しいですよ。まぁ、何回も指は刺しましたけど(笑)
野村
やっぱり硬いんですか?
高津
それは革の厚さ次第。ペンチを使わないと抜けない時もあるし、逆に薄くて柔らかい革を使う時は力を入れなくてもスイスイと縫えます。革っていうのはもともとは厚みがあるので、縫う部分だけ薄く漉いたりするんですよね。ってことはその作業が必要になって、それを専門にやっている職人さんもいるので、その工賃がかかります。さっきの価格の話に戻るけど、そういうものがすべて足されて、価格っていうのが決まってくるんですよね。
金蘭
ちなみに通常より安く手に入れる方法もありますか?
高津
あります。たとえば革は実際に生きていた動物についていたものなので、傷があったりするわけです。そういうものは安価で手に入れられますよ。あとは鞣し方によっても価格は変わってきて、クロム鞣しのものも、わりとリーズナブルな価格です。今度、弊社にも来てもらう時に見てもらえると思いますが、意外と安いものもたくさんあるんですよ。
Theme03
大量生産・大量消費の時代に
生み出すべき価値とは?
高津
おふたりはどんな風に着想を得て、デザインをしているんですか?
金蘭
私も莉央ちゃんが、どこからインスピレーションを得ているのか、知りたい! パッと降りてくるの?
野村
私はぜんぜん降りてこないタイプです。だからSNSを見たり、いろいろなブランドの商品を見たりして、それらを参考にしつつ、ブラッシュアップする感じですね。やはり今の時代「ゼロから生み出すのは難しい」と思っていて。すでに世の中にあるものを見た上で、そこにどうやって自分のエッセンスを加えていくか。そういう風にしか考えられないタイプですね。だからこそ、ゼロから生み出せる人はすごいなって思います。
高津
なるほど。ちなみに素材から入ってデザインに落としこむことはないですか?
野村
私はあまりないんですけど、学校の授業ではそう言われます。「素材が決まらないと、デザインが決まらない」って。
金蘭
うん。言われるよね。素材でシルエットが決まるから、まずは素材を決めなさいって。
野村
でも私はやっぱりデザインを先に考えてしまいます。
高津
それはどっちもあっていいと思います。今度、弊社に革を見に来てもらいますが、そこでは素材を観ながら「この革なら、こういうデザインができるかも」っていう今までとは逆の発想もできるかもしれないですね。そうなったらデザインの幅が広がるかなと。
高津
ではジンさんはどうですか?
金蘭
私がいちばん大切にしているのは、「ちゃんと動けるか」っていう機能性ですね。あとはトイレ。
高津
トイレ??
金蘭
はい。「トイレがしやすいかどうか」は、とても大事だと思っています。特に女性の服で、急いでいる時に脱ぐのが難しいのは大変だから。
高津
なるほど。デザインの奇抜さを優先させることで機能性を犠牲にするデザイナーさんもいる中で、そこに配慮されているっていのは素晴らしいですね。
金蘭
やっぱり実用性は無視できなくて……。
高津
それをベースに考えながら、さらにデザイン性が加わったら最強じゃないですか。
野村
高津さんが感じる、生地と比べた時の革の魅力はどういったものですか?
高津
やっぱりいちばん大きいのは、経年変化することで、自分の味になっていくという部分だと思います。日焼けしたり、シワがはいったり、使っているとどんどん変化していくので、愛着のわき方が違いますよね。僕は20年以上着ている革ジャンを持っていて、自分の子どもに着せるまでとっておこうと思っています。
高津
あと革の製品は染色もできるし、一般的にはタブーとされているけど、僕は革のブーツも水で丸洗いします。1週間陰干しをして、そこにオイルを入れて仕上げた瞬間に「やっぱりカッコいい!」って未だに感動しますよ。手間をかけるほど愛おしくなるというか。その感覚は他の素材では、あまり味わえないかもしれませんね。
金蘭
私も革の靴はすごくつくってみたいんです。でもオーダーメイドの職人さんの仕事の映像を観ていると、「学ぶのに10年はかかるな」って思って(笑)
高津
実際に靴をつくるのは、たしかに難しいですよね。でも浅草にある靴屋さんはOEMを受けてくれるところがたくさんありますよ。だからジンさんがイメージを伝えれば、カタチにしてくれます。
金蘭
でも、高いですよね……?
高津
う〜ん、まあ「1足だけ」ってなると、それなりに値段はするでしょうね。でもサンプルから始まって「次は100足お願いします」、「次は……」って少しずつ商業ベースに乗せていけば、けっして不可能ではないですし、そうやって靴をつくって商品にしているデザイナーさんもたくさんいますよ。
高津
やはり僕たちのような材料屋からすると、革の状態できれいだったとしても、靴やカバンなど、商品になった時にキレイじゃなかったら意味がないと思っています。安い革を使っても、商品になった時にすごくいいものになることもあるしね。だからおふたりには値段だけで判断せずに「どういうものがつくりたい」「こういう価値観を表現したい」っていう相談をしてもらいたいんです。
野村
私たちは“ワガママ”をいえばいいってことですか?
高津
いいと思います。無理な場合は無理と言いますから(笑)。とにかく「表現したい」と思ったことを、諦めてほしくない。そうじゃないと無難なものばかりが世の中にあふれていってしまって、結果的に価格競争になってしまい、「安いから買う」っていう選び方しかなくなってしまいます。大量生産、大量消費の時代だからこそ、1点の商品で価値を生み出せるものをつくってほしいな。
野村
わかりました!
金蘭
がんばります!
高津
それが時代が求めるSDGs的な観点でも必要になると思います。もちろんファストファッションが悪いとは言いませんが、革という素材は他では出せない価値観を表現できるアイテムのひとつだから。そこにおふたりのような若い感性を入れれば、また新しいものが生まれてきますよね。期待していますよ。
金 蘭さん
東京モード学園
ファッション技術学科
パタンナー専攻